009-009

エスゾピクロンの散歩

私(たち)は空っぽでした

いつも何かについて話すこともなくただ外が明るくなるのを待ったね。悪い奴ではないと知ってもらうために、 出会ったらまず握手をするのだと言って私にも同様に握手を求めた。握手ごときでイメージが拭われるはずもなく、君は明らかに悪人に見えた。しかしそれは私にとってどうでもよいことだった。君の途方もない美しさがすべてを包み込む。そこには爆音もDJの寝言も七色のレーザービームもパーリーピーポーのざわめきもなかった。

私は問う。どこから?君は答える「月から。」と。

私たちは基本的にロマンチックな人種であるからしてお互いの素性 について探り合うことはしなかった。というか知っていた。 私はともかく君を覆うオーロラの膜は薄く脆いメッキであることを。私たちは知り合っていた。

いつも何かについて話すこともなくただ外が明るくなるのを待ったね。 聞かれずとも今日の人間への恨みつらみと自分のふがいなさについて、相槌を待つこともせずひとしきり喚き散らしたあと、返事も聞かずにめそめそと泣いた。それが終わったら背を向けて窓の方をじっと見ている。朝日が昇るまで。君は私の背中を眺めたり、 狂ったように動画サイトでダフト・パンクのMVをループ再生した 。朝日が昇るまで。

夜が明けるとまた正気になって君の部屋を去る。君はチル過ぎて起きられないとかわけの分からない文句をつけて今日も単位を落とす。日の光にやられてすっかりトチ狂った私の帰りを待ったね。夜まで。

チル過ぎる仲間とチルしていたらいつの間にか就活シーズン終わっちゃったんだってね。バカだね。私はちゃっかり立ち直って次のステージでまた藻掻いてるよ。バカだね。月に帰ったって噂も知ってるよ。

一度だけ「そいつを殴りに行ってやる。」って言ったね。私があんまり荒れるから。慌てて止めたけど、後悔してるよ。殴りに来てもらえば良かった。君はいつも大真面目だったから。

いつも何かについて話すこともなくただ外が明るくなるのを待ったね。初めから何も話すことがなかったから。