009-009

エスゾピクロンの散歩

孫である私から

私のおじいさんへ。孫である私から。

コロナだなんだかんだの理由をつけて老人ホームへ会いに行かなくなって2年、いやもっと時間が経っているのかもしれない。心穏やかに過ごして、眠るように息を引き取ってほしい。孫である私の願いは非常にシンプルなものであった。

だけど今日、家族から、おじいちゃんがなんと、喘息発作で危篤となっているという報せがあった。

 

私は大丈夫。おじいちゃんが居なくなってしまう日のことを、物心ついた頃からずっと想像してきた。何度も重ねた予行演習のおかげで、パニックを回避できた。

だけど腑に落ちないのは、死にものぐるいで生きて、想像を絶する苦労の末に、見事に輝かしい成功を納め、あふれる優しさを周りの人たちへ惜しみなく注いできたおじいちゃんが、実際にはガメつい親族に利用され、老人ホームに入所した途端に来訪者の姿が見えなくなったこと、果ては病に臥し、おそらく苦しみながら亡くなってしまうであろうことだ。この仕打ちはなんなのかと、仏などに問いたい。因果応報なんていうけれど、人の命は儚いから、なんらかの因果がやがて報われに戻ってきたとしても、その頃には既におじいちゃんはこの世にいないだろう。憤りを感じる。そして、遠い将来の私の姿をおじいちゃんに重ねている。人生の成功可否はさておき、私もやがて辿る道なのだろう。

 

おじいちゃん、ひ孫の顔が見たいと言ったね。叶わず、申し訳ありませんでした。子供を産まない選択は、私なりに考え抜いた結論です。

本当は、自分が生まれてきたこと自体最悪だと思っている。心療内科のお医者さんに「セロトニンの分泌量が健常者の1/4くらい」と言われている。私がほとんど幸せを感じられないのは、大方それが原因なんだと思う。だけどそうじゃなくて、些細な憂鬱が蓄積された私の人生のことを、最悪だと思っている。

戦争を生き抜き、会社を立ち上げ、様々な困難に立ち向かい今の人生を手に入れたおじいちゃんの耳にこういう話を入れることは絶対にできなかった。けど正直、生まれてこなければよかったと思っている。せっかくあなたの孫に生まれたのに、根性もなくどうしようもない人間で申し訳ありません。このつらい世の中に、到底自分の子を送り出すことはできません。生きることの苦しみを、我が子にだけは知らずにいてほしいから、やはり子は作れません。

 

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以降は訃報後の追記 2022/04/28

 

ただ、最悪な人生ながらも生まれてきた意味はあると思っている。私が生まれた日に、おじいちゃんは喜んで病院で踊ったって、母から聞いた。話を聞いたとき、ぼんやり、それで良かったんだと思った。悲しい思いや、痛い思い、みじめな思いをすることがたくさんあったけれど、そんなときは、しょっちゅうおじいちゃんの踊りを想像した。見ていないし、知りもしないのに、私の頭の中でおじいちゃんが踊ると、私の人生が報われたような気がした。生まれてきたことに、意味を見出すことができた。私の存在を肯定するおじいちゃんは、もうこの世にいないけれど、これからも、やりきれない思いをする度に、見たことのない、おじいちゃんの踊りを想像するのだと思う。

それと、私の生まれた記念に、おじいちゃんが庭に植えてくれた桜の木。あれは早々に毛虫の餌食になって朽ち果てたって聞いてる。まるで私そのものみたいで、なんか同情する。

あと一つだけ、外せない話。私が高校卒業後就職して、初任給でお寿司をご馳走したでしょ。二人でご飯を食べに行ったのはあれが最初で最後になったね。何も考えていなかったけれど、待ち合わせ場所におじいちゃんを見つけた途端、「奢るよ」と口をついて出た。

持ち合わせのお金はたったの七千円しかなかったのに。足りなかったらどうするつもりだったのだろう。それでそのときおじいちゃんは、私にはそんな大人になってほしかったんだと言ってくれた。私の人生は、全部あのときに精算されたんだと思っている。

今までに起きたつらい出来事や、これから起こる悲しい出来事、全部足してもおじいちゃんのあの一言でお釣りが来るよ。何よりも私の生を支えている言葉だ。

最悪な人生だったし、これからもずっと最悪な人生なんだろうけど、私はおじいちゃんの為に生まれて、そして、くれた言葉や伝聞を何もかも真に受けたまま死んでいく。

おじいちゃん、永遠にさようなら。