009-009

エスゾピクロンの散歩

顔も名前も知らない我が子へ

「もしものことがあったら脳でも心臓でも全部あげるから呼んでね!」

弟にはそう言ったけど、果たして彼の非常事態に誰が私を呼んでくれるか、その時私がどこに居るのか。具体性がなくって毎晩ちらっと不安が過る。何のために生きるのか、考えたことが幸いにも無い。彼がいる限り、彼のドナーとして生きようと思っている。彼ではなくても、有望なすべての人間の為ならば。だから極端に言えば私の精神や進路がグチャグチャでも身体さえ丈夫なら構わない。逆に、病気を患うともうダメだって思う。私の価値はゼロ。人生が波乱万丈ってご指摘はもはや今更って感じで、これについて反省とか今後の対策なんて練りません。これからも私は私なりの道を行くべく激流に従うのみです。

 

なんて言いつつちゃっかり種の保存の本能も抱きしめており、どうにも諦めがつかない。子供が"ほしい"わけじゃない。というかはっきり言っていらない。この先20年も他人(我が子であっても)に人生を拘束されたくない。あと性交渉もしたくない。痛いから。もういいでしょ。だから勢いでエッグドナーに登録しようとしたんだよね。世界中の、子供に恵まれない夫婦に私の卵子を提供するんだ。そしたらWin-Winでしょう。(何が?)世界各地で顔も名前も知らない我が子、すくすく育ってほしいな。そんないい加減な願いだよ。誰かを助けたいとか後ろめたい過去があるとかじゃなくて、私の本能だよ。しかし何しろエントリーシートの質問項目が多くて苦戦した。親の生年月日や学歴、病歴も事細かに質問されたときにこの欲望は活動を停止。書いちゃったって構わないけどそこは私のモラルが許さないそうです。思えば当然なんだよね、だって遺伝のことだもの。親の承諾がいらないわけないんだよね。自分のつらい学歴病歴提供されてまで、私のこの利己的な要求を通してくれるわけないんだよ。でね、仕方ないので途中で諦めちゃいました。実りのない話。

 

私が死んだら私の遺伝子どうなっちゃうの?どうもならないほうが世の為なんだけどね。もし名前も顔も知らない我が子が生きる理由に悩んでも全然かまわない。それって、自分にはきっと理由があるはずだって信じて疑ってないってことでしょう。とても健全なことだから。誰かの為に生き始めたら、そこで自分の人生は途切れてしまうんだよ。だから、かまわない。自分だけの理由を見つけて生きておくれ、架空の我が子。