009-009

エスゾピクロンの散歩

なんでもない過去の波打ち際に

力無く転がっている。浜辺へ徐々に流れ着いた鮎のように。胸鰭に僅かなはためきがあった。それでも次の波が押し寄せては力無く波に引きずり込まれていった。繰り返しているうちに力尽きて、波に遊ばれて死んでしまった鮎のように。

空が青く雲のない日、頬に当たる風に、二度とないからと目に焼き付けた風景。駅までの道のりやひたすらに長い閑静な商店街、銭湯帰りの真っ暗な夜、スーパーの鮮魚コーナーに並んだ魚の透明な瞳、発泡スチロールの容器の底に滲む淡い血の色。半額シールが貼られた豚肉、フライにされたエビ、芯の見えてるリップクリーム、死んだ白血球を抱え込んだ一枚のティッシュ、破れかけのスニーカー。3回着たけどしっくりこなくて来週メルカリに出品する洋服。みんな今日の私の為に死んだ命だった。誰が気づかず通り過ぎても、私は彼らから目をそらさない。誰を信じても自分はひとりということ。この私もまた、誰かの為にカジュアルに、消費されるときが来るだろう。誰を抱き締めても結局幸せにはなれないと、いつか分かるときが来るだろう。若い自分がかつて抱いたはち切れそうな気持ちが今は、干しぶどうみたいにちっちゃくしぼんでいたことに気がついた。賞味期限が切れたお風呂上がりの体感、沖縄のあつい空気、ビル風、目の前を通り過ぎた蝶の羽音、全部いまだけの存在。私を通り過ぎて、あんなにも遠くにいるのに、まだ、光ってる。もし、毎日コンビニ弁当だったとしても、嫌われて、目の敵にされても。くたくたに疲れていても。そういう全部がキラキラして見えるのかもね。ちゃちいビーズ細工の指輪みたい。偽物。それなのに、大切にしまってある。だってそれすらも、いつか薄れてなくなる。