009-009

エスゾピクロンの散歩

死ぬまで孤独だろうけど、これからも笑顔でいてください。

ケッコンが決まったんだよね。挨拶回りしてるんだよ今のうちに。嫁さんがそういうの厳しい人だから、これからは会えないかもと思ってさ。最後に少し話したいんだ。家に上がりたいな。上がって良いでしょ。マンションの真ん前にいるんだけど。トリさんが見たいな。トイレを借りていいかな。トイレを借りたら10分で出ていくよ。あっトリさん。カワイー。写真撮っていい?指を突っ込んだら噛まれたよ。ほら見て。ねえ水ちょうだい。いやケッコンはめでたいことなんだけどさ、本当にこれで良いのかなって少し迷う。

 

着替える?着替える。

 

これサイズ間違って買ったやつだけど、どうかな。肩幅合う?うん、ギリいけそうやね。つべこべ言わずにこれで寝な。ズボンどうする?元彼が履いてたスウェットならあるけど。しかし彼ちっちゃいからサイズ合わないかもね。おや、いけるか。小さいけど我慢しな。

 

別れてどんくらい経つの?さー。最近だよ。何年くらい付き合ってたの?知らん。4年くらいじゃないかな。俺、タバコ臭いかな。いやそんなことないよ。それで、何を迷ってるの?マリッジブルーかいな。ウーン、たとえばあそこにエアコンがあるじゃん。うん。リモコン一つでつけたり消されたりするわけ、相手の都合で。必要なときだけなんだ。

似た話をずいぶん前にツイッターに書いたな。話をしにきたというわりに、あまり探りを入れてほしくなさそうに身構えているね、君は。これから破綻しようとしている人間関係に、言及することもないけれど。まあ思いを言葉にするのは面倒だもんね。魂から出た言葉は中途半端な人のやわらかい心を引き裂く。知ってる。君は私に何か伝えにやってきたのではない。知ってた。君は何も話してくれないだろう。私は頷いて、諦めて、エアコンのように君だけのために今を生きた。

 

 

 

実のない話を聞くたびに、空気を読んで私が笑う。大人になったから、しかめっ面はもうしない。そういえば、つまらない話をするなと言ったよね、前にも。何も覚えてないんだ。同じ話を繰り返しているのに、初めて聞いたふうなリアクションを寄越す。昨夜の嘘を、今朝は覚えていない。嘘つきすぎて、誰にどんな嘘を言ったか把握してない。エクセル表にでも、まとめておけばいいのに。君は絶えず飢えていて、魂の器を探してる。誰も特別じゃないのに、誰かの特別になりたいと願ってる。真実なんてつまらない。けど見え透いた嘘はもっと白ける。それなのに、これからもそんなふうに生きていくと思う、君は。大きな壁にぶち当たっても、何か失っても、求めることをやめられない。リモコンを握ったつもりでいるのは君の方だ。スイッチひとつで思い通りになると信じてる。何度もスイッチを入れて、そのうち手応えがないことに気が付く。

 

気が付いても、笑っていてください。これまで通り嘘をついて生きてください。誰と居ても孤独だと、知ってしまったとしても。これからもそんなふうに生きてほしいと願う、君だけは。