009-009

エスゾピクロンの散歩

かがやき

高校時代、3年間付き合ってたカズって男の子がいた。あるとき事情が重なり彼との交際と通学のどちらかを選べと親に迫られて、即答できなかった。結局、自分で学費や食費を工面しながら交際を続けて良い(と言っても会ってはならない。謎)ことになったんだけど。それで今およそ10年が過ぎあの頃とは全く違う環境の中で生きてる。当然隣にカズはいない。今は2児の父らしい。実は卒業間近に「俺は他の女と結婚することになったんだ」と振られてジ・エンド。謎めき過ぎているけれど、今やそれもどうでもいい。

カズのことを好きとか嫌いとは思わない。それは卒業間近のあの日や今日も。たぶんこれからも好きとか嫌いとは思わない。カズにはたくさん酷いことをしたし、彼の仕打ちも相当効いた。チャラにしようやとまではいかないけれど、どうしてもカズを憎むことはできない。

どういう理由か忘れたがカズが私の両親に呼び出された日があった。何かしらで怒りに触れたのだと思う。私の同席はもはや大前提とされていたが、あの気まずい空間がなんとも苦手で…私は部屋を飛び出して、一人で外へ出かけてしまった。部屋に取り残された両親。後にやって来るカズ。

あのとき本当は「今日は009が逃げていないから、後日にしてもらってかまわない」と両親が断りを入れたそうだが、カズは一人でもと言って、きちんと話を聞いて帰っていったらしい。

カズに男親はいない。

お母さんと二人暮し。母子家庭に育った。かなり小さい頃に両親が離婚したらしい。つまり、カズは男親がどういうものかを知らない。

まだ16歳で、男親がどういう存在なのかも分からない、それなのに。まして交際相手の父親と母親から同時に詰め寄られる恐怖はどんなに大きかっただろうか。本当にかわいそうな思いをさせてしまったと反省している。今思ってももう意味がないけれど。

 

「僕だけでも話を聞きます」と私のために一人で立ち向かってくれた日のことを10年経っても忘れない。彼のことは今日も好きとか嫌いとは思わない。ただあの日のことが、彼のあの真心だけが結晶化して、私の中のカズになっていく。

これからも人を好きとか嫌いとは思わない。それでもあなたとのただひとつの思い出だけが、私の中にずっとかがやき続ける。人に対する思い入れとは、たいがいそういうものなのです。