009-009

エスゾピクロンの散歩

サボテンは夢を見る

なれるものならサボテンになりたい。欲を言うと足の生えたサボテンになって、たまに散歩をしたい。流れる景色が好きだ。たとえば、お気に入りの看板を見つけたとしても、橋がカッコよくても、流れていくの。なぜならサボテンは立ち止まらず、歩き続けるから。一瞬の出会いと永遠のお別れ。二度と会えないが忘れない。そんなさりげない宝物を脳に匿って、死ぬまで生きるだろう。そしてそのことを、私以外の誰かが知ることはないだろう。うーん。動ける植物ってなんてロマンチックなの。…実際のところ、うちのサボテンは胴をずんと鉢にめり込ませている。だが、彼らは不自由だろうか。敵なんていないのに一生懸命、今日もとげとげである。被害妄想の激しいやつらだ。だけど私は、そのとげとげが好き。潔癖ぶってるんだ君たちは。そんなところが好き。

 

本を読むのが苦痛だ。もちろん知的好奇心旺盛だったなら没頭したのだろうが、あいにく無趣味無関心無色透明無味無臭である私には外へ出て風にさらされることでしか生を実感できない。本を読むのが苦痛だ。景色が変わらないから。同じ場所で同じことを何時間もやるってことに耐えられない。心が腐ってもげるんだ。だけど彼は言いました「与えられた情報で、頭の中の景色が変わるのだ」

 

彼は若い頃毎日筋トレをやったらしいのでアンチ筋肉な私の身体事情を知らないのだ。知らないからそんなことを言える。同じ体勢で同じ本を読み続けることで削られる体力が気にかかり、景色なんて見えない。ここまでくるともう自分でも何を言っているのかわからない。

 

私たちがつまらぬちょっかいを出し合っている。今日もサボテンはズンと鉢に植わっている。私は歩く。景色が変わる。サボテンは歩かない。

サボテンは夢を見る。世界はサボテンの中にある。

私は歩く。風を受ける。日に晒される。

サボテンは夢を見る。世界はサボテンの中にある。

サボテンは歩く。風を受ける。日に晒される。

サボテンの夢の中で、サボテンは踊り続けた。