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009-009

ロングロングプロフィール

マンハッタン・シンドローム

最近の研究で、ゴキブリは15分おきにおならをすることが明らかになっている。
(ゴキブリ大全 - デヴィッド・ジョージ・ゴードン)

私がゴキブリの本を見るとき、ゴキブリの本もまた私を見ている。

ゴキブリ大全

ゴキブリ大全

 

 引用に特別な意味はないし、アマゾンさんのリンクには飛ばなくてよい。ブログの引用機能を試してみたかっただけである。このゴキブリの本を読んだことだけは真実である。

 

私は最近本を読めるようになった。メンタルが参った頃(20歳くらい)から、つらつらと並ぶ活字を認識しづらくなった。横書きはギリギリ耐えられる。問題は縦書きの文書で、文庫本なんかをじっと読んでいると、5行も読まないうちに文字が反転したりバラけて元の文が分からなくなったりと読書に不向きな体質に変わってしまったようだった。以降、面倒で避けていた読書だったが、この月初あたりにどうしても気になるガイドブック(横書きの長文)を購入し読み進めたところ、勢いが止まらず読破できてしまった。試しにと縦書きの短文を読んでみる。これもいける。回復に気が付き、買ったまま読めずにいた本を次々と引っ張り出して読む、楽しい平日の夜を過ごした。

なおいつも通り上記のインフォメーションはあなたの何の助けにもならないし、下記のインフォメーションもやはりあなたの週末の貴重な時間をただ奪うのみである。テイクアンドテイクです。見返りは求めないでください。

 

009です\(^o^)/冬は末端の体温が気温と同期するフシがある!

 

末端冷え性とマンハッタンは似ているが、非なる。夏はあんなに色々な場所へ遊びに行ったのに、冬はどうにも動けなくなる。私は、寒いのが嫌いだ。シメジと注射に次いで嫌いだ。虫も森のクマさんも冬眠するのに私たち人間だけは冬もモコモコの装備で出稼ぎだなんて。生物的に遅れてる。ダサい。しかし家賃を入れる為に今冬もダサいながら働かせていただきます。早く進化したいよ〜。

 

あんまり興味なかろうが、ここ最近の出来事とその感想を綴ろうと思う。

まず恋人に誘われSyrup16gのライブへ赴いた。知ってる?シロップ。「手首を切る」「死んでいる方がマシ」「もしも僕が犬に生まれたら保健所で死ぬ」だのひたすらにネガティブな詩ばかりを歌うバンドだ。結論から言えばライブはつまらなかった。つまらないのにアンコールを3度もやるので、脚腰を痛めた。

26歳の脚腰痛め風〜香草のソースを添えて〜

シロップは歌も演奏もCD音源以上に素晴らしかった。選曲もノリノリのロックで突っ走り、大阪のファンを粉もんの上の鰹節のように揺らした。たまたま私の好きな曲が全スルーされたということもあるが、やっぱり曲はイヤホン挿して聴くあれが一番だと思った。私ライブって好きじゃないんだよ。アジカンは中学生の頃から好きだけど、本人らの顔を知ったのは高校を出たくらいの頃だし、インタビュー本なんか一度も手をつけたことがない。どう考えても演奏してる本人ら自身に興味がないんだよな。生演奏って音割れるし。聴きたい曲をやってくれるとは限らんし。私はただ彼らの作った曲を好きなのであって、彼らを好きなわけではないとか、つまりそういうことが言いたい。ライブが好きな人間にはこういうことを言っても「生で聴くのはやっぱ全然違うよ」とか「会場が一丸になってる感じがいいんだよ」とかいって取り合ってもらえないので、仕方なくノコノコ付いていく次第であった。何度だって言うが音はCDの方がクリアだし、誰かと共鳴しなくたって好きなものは一人でも好きでいられるぞ。

 

そしてその夜どうやら風邪を移されたようで喉がガラガラになった。踏んだり蹴ったりさ。でもなんだか今年はおかしい。この冬だけでもう3度も風邪を引いている。かつて内臓の破裂で入院した際に「翌日にはもう傷口が塞がってる…?!なんだこの治癒力は!!!」と医者を驚かせたこの私が。風邪は年に一度引くか引かないか程度のものだと思い込んでいたこの私が。年3度も風邪を引くっていったいどういうことだってばよ。厄年かな?老衰かな?でも食欲はいつも旺盛。

 

そういえばどの週末だったか忘れたが甲秀樹先生の個展にお邪魔した。
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見ての通り少年の美を強調した作品で、写真だと伝わりづらいが生で見ると目をそらしたくなるような『ナマモノ感』。人形も作っている。これがまた見事で、ほんのり血の気を帯びた頬、透けて見える血管、うっすら浮き出る筋肉や皮膚の弛みまで、いくらミニチュアと言えどこれはもう立派な人間ですわ。恐れ多すぎて写真も撮れなかった。作品のすべてに生命が吹き込まれているような気がしてちゃんと目を合わせられなかった。ほとんど俯いたまま、視野見で凌いだ。

店番の人に「少年美やBLに興味をお持ちか?」と訊かれた。私は首を横に振って、先生の描く絵がたまたま少年で、たまたま美しく惹かれるものがあっただけであると説明した。そういえば先生の作品はBLっぽいな。マジで女が登場しねェ。他にも色々と質問されて、不審に思っていたら後々先生ご本人であることが判明、挙動不審となった。ポストカードにサインをもらって帰った。

帰って絵を描いてみたら、これは絵じゃないような気がして 何度もやり直した。しかし絵に見えない。思いたち、漫画を読んでみた。これも絵に見えない。私がこれまで絵だと思って描いたもの、観たもの全ては絵ではなく線だったのだと気が付いた。

それほどに、先生の絵は衝撃的だった。これだよこれが絵だよ。

 

はあ、またとりとめのないことを書いて半日を潰してしまったね。

淘汰されていく私たち

もういい歳だから、周りの女の子たちは当然のようにケッコンを意識し始めている。私は来年27になる。

高校時代、友人に子供がほしくないかと訊かれたことがある。「別に」みたいな、曖昧な返事をしたような気がする。適齢期を迎えれば、自然と母性というのがどこからともなく湧いてきて、無条件に子供がほしくなるものだ思っていた。実際、周りの女の子たちは子供がほしいほしいと言う。男の子ですらそんな雰囲気を醸し出し(?)始めたものだからたまったものではない。来年27になる。それにしても、私には一向にそんな気が起こらないものである。

結婚とか、出産とか、育児とか、住宅ローンや親の介護なんて、遠い遠い星での話のように思える。私はなんだか、みんなと同じ次元に生きられないような気がする。それらすべてに嫌気が差しているし、なんとかして一人でイビザにでも逃げたいとか思っちゃう。行っちゃおうかな。イビザへ行っても同じかな。

 

この世のすべての生き物が子孫を繋ぐ為に生まれてくるのだとしたら、私はとんだ欠陥品だ。

でも、大昔からそうあったように、弱者は淘汰されていくのが自然の掟なのだと思えば、気が楽になる。先のことは決め付けにくいけれど、私がこうやってうだうだととぐろを巻いている間に時間は流れて、いつか家系図を止めてしまうことになるんだろう。

申し訳ないような、それで良いような。

 

淘汰されるべき遺伝子?私は絶滅危惧種かもしれないと、女子会の最中にふんわり思いを馳せるのです。

孤独について

というか往々にしてぼっちである為、今更孤独について話すのもおかしい感じがする。私はそこそこ孤独である。この孤独とはあくまで状況のことであり、感覚のことではない。

 

009です/(^o^)\デイダラボッチとは何の関係もございません。

 

一人で居ることに慣れすぎて、他人が居ると逆に落ち着かないよね。分かる人だけ分かってください。一時的にヒト依存症になって、毎晩遊び歩いた。ヒトを求めていた。誰でもいいから側にいてほしいときがあった。その反動だか何なのか分からないけれど、今はめっきりヒトがだめだ。特別親しい人と、たまに会うくらいが精一杯だ。精神科の先生に"社交不安障害"(人と関わるの激無理病)という変な病名?を付けられた。でも日常生活に支障はない。私は案外、義務は義務として割り切れるタイプのようだ。

早い話独りが好きだ。つまり、このところ孤独感を募らせる機会が無い。寂しいって気持ちが清々しいに変換される脳味噌に変身を遂げたのだと思う。

それは良いとして、いつからそんな感じなの?と自問したところ「わりと最近?ここ数年?」という曖昧なアンサーを得た為、自分の変化について考えてみた。暇なので。

 

結論から言えば自分を気に入って、受け入れ始めたのがここ数年だったんだよね。若いとき(?)って抗えないしがらみ的なものがたくさんあって、ときには自分の意に反した言動を取って誤魔化し誤魔化し生きなければならなかった気がする。立場上、自分の正しいと思うことをできなかったこと、してはならなかったことがたくさんあった。

誰にでもあることだろうけど、私はそれを極端に窮屈に感じていた。違うでしょ?と思うことをさせられているとき、言わされているとき、死んでいる気がした。いや、それはちょっと極端過ぎるな。生きている気がしなかった。自分の意思を抑えつけられているとき、自分の人生を生きている気がしなかった。要は自分のことがどうしても好きになれなかった。自分じゃないから。

 

 学校を卒業して社会に出てまもなく実家を追い出され、私は初めてすべてのしがらみから解放された。これからは自分で自分の生きる社会を選んで良いし、自分の正しいと思う言葉を、行動を選択しても誰の迷惑にもならない。私が私として生きる生活が始まったのだ。

 

今は自分のことが結構好きだ。外見も中身もまあまあ好きだ。だから独りでも孤独じゃない。

本当の孤独は、自分に嫌われることだと思う。自分が嫌い→でも認めてほしい→他人に承認を求める→他人無しでは自分を肯定できない→そんな自分をまた嫌いになる悪循環。自己肯定できないと、どうしても他人に依存しがちになる。

自分さえ味方につけておけば、他人に求めることはなくなり…必然的にぼっちになる。アレ?別にぼっちを勧めているわけではない。そんなつもりではなかったんだ。

 

ただ、好きな自分で居ることで、孤独感って拭われるものだと思うんだ。そういう話がしたかったんだ。

 

私のことを自己中って言った人は、みんな私が自分の思い通りにならないのが気に入らなかっただけなんだと思う。でもこの1分1秒でさえもすべて私のものだから、誰の言うことも聞いちゃいけないの。これは私のルールだから。じゃ、さよなら。

夢の中で走ること

まばたきをすると時間がジャンプすることあった?まばたきをすると朝になっていた。知らない誰かの部屋にいた。いつもの道を歩いてた。職場にいた。まばたきをする前と後でシチュエーションが違うの。でも周りの反応はおかしくないから私が突然瞬間移動したわけでもなさそうだし。私だけが空気を読もうとあたふたしてるって状況。間の記憶がないの。そういえば最近ならないな〜と思って。若い人の病気なのかな。

 

009です\(^o^)/

時をかける少女 VS 時空の歪みババア(言ってみたかっただけ)

 

幽霊は信じる人にだけ視えるんだってさ。居ると思ったら居る。そういうもんなんだってさ。でもいくら信じても貯金は増えてないし、100万円あると思っても、やはり無いんだよ。だから幽霊なんて嘘なのよ。あと神とかも。

 

全然関係ないけど夢の中ってなかなか上手く走れなくない?私よく追われて殺される夢を見ていたんだけど、なぜ追われるのかはさておき、追い付かれて殺されるのは夢の中の自分を上手くコントロールできないせいだって思ったのね。だっていくら私でもあんなに要領悪い走り方しないよ、現実ならさ。言ってる意味分かる?月で走ってるみたいになるの。ふわぁんふわぁんって。気持ちだけ焦ってるの。分かんない?そうか、分かんねー奴には一生分かんねーよ。

そこで私は夢日記を書き始めたの。でも毎朝書けるわけじゃないから、余裕のある日に覚えている部分だけ。最初はあんまり思い出せなくてちょっとしか書けないんだけど、次第に文章が長くなってきて、そのときの自分の感情にも目を向けることができるようになるのね。でねちょっとオカルトじみた話になるんだけど、ここまでくればもう大丈夫なの。何が大丈夫なのかというと、夢と現実の自分を完全に同期できたということになるの。

たらたら書きやがって、そんなことかよくだらねえって思ったかもしれないけど、これ本当だから試してみてよ。私、殺されずに走って逃げ切れたんだから。それ以来追われて殺される夢は見てないよ。

 

クリスマスって好きじゃないんだよなー、10歳を境にプレゼントが枕元から消えたから。これは親情報なんだけど、どうもサンタさんってのは10歳を過ぎた子供の元へは来てくれないのだそうだ。だから、あれ以来ずっとブルーなシーズン。街は平気な顔で11月を無視してイルミネーションなんか飾り始める。私クリスマスって好きじゃないんだよなー。

宇宙平和

声高らかに多様性を認め合おうと謳う連中は、果たしてそうでない人のことも「それもまた多様性」として認めているのだろうか。主張にはどうしても矛盾が生じてくるものである。

 

一時は宇宙平和について思いを巡らせ、自分にとっての平和とは何かを考えた。この思想が宇宙に広がれば争いは生まれないのでは?まずは周囲の人に同意を求めなければ。思い立ち、人を変えて場所を変えてはその話ばかりしていたトチ狂った時代が私にはあった。

結論から言えば宇宙は何も変わらなかった。というかもちろん何も変えられなかった。結局何の行動も起こさずにその妙な時代を通過したのだ。しかし無駄な時間だったわけではない。自分の大きな過ちに気付けたのだ。

私の考える平和とみんな(それぞれ)の考える平和にはわりと大きなズレがあった。私の思想で統一された宇宙、それは万人にとっての平和ではなかった。いい歳こいて何をと思われることは百も承知だがこれに気付いたのが18歳。18にもなってそんなことも分からなかったのである。(そして、そんな私のハナホジ案件に真摯に向き合ってくれた当時のみなさん、ありがとう!)

 

それぞれの正義や理想があるんだね。私の価値観は世界共通じゃあないんだね。誰も悪いことをしているつもりはないんだね。そうだよね。価値観の違う生き物が同じ星に住んでいる。だから戦争は終わらないんだね。はいはいわかるよ。ガッテン承知の助〜。

 

009です\(^o^)/妙な時代もあったもんだがこれからもまた妙なこと閃いてすったもんだして空回るんだろうなあ、黒歴史は…終わらないっ!

 

恋人に聞かれたよ「人類が絶滅した後の世界の支配者はどの種になると思う?」って。「俺は鳥類だと思う」って彼は言ったけど私は、人間以外の生き物が世界を支配したがると思う?人類が全部居なくなったらまた全部の生き物が白亜紀ジュラ紀みたいな弱肉強食ワールドに戻るだけじゃないのって捻くれた回答でまた本筋ズラしちゃったわけなんだよね。でも我ながらベストアンサーだったと思うよ。人間さえ居なければ争いなんて平和なんて元々無かったんだからさ。アダムとイヴだかアウストラロピテクスの野郎だか知らないけど、やらかしてくれたよねえ。まあ私がここでなんてったって歴史は変わらないんだけどさ。結局何も変わらない無駄話、頭の中の物語だけが奥行きを増していく。

 

お前らに認められても認められなくても、この価値観は現に存在しているんだよね。

お前はおかしい

「お前はおかしい」

これは頻繁に言われるのでもう慣れた。若い人たちの言うキチガイとか、異端児とか、若気の至りみたいな一時的な意味合いではなく、相手に「脳のどっかに欠陥があるんじゃないの」と言わしめる禍々しい何かが私の中にあるらしい。もうわかんないからわかんないまま生きていくね。これまで通り私は私の正しいと思う選択をして生きていくね。

 

009です\(^o^)/ついに「へんこ病」が治りませんでした。

 

今まで誰かを妬んだり羨んだことがなかった。だからもちろん、劣等感を感じたことも、対抗心を燃やしたこともなかった。誰々に負けないとか勝ちたいとか言ってる人のことを内心では馬鹿にしてた。狭い世界で生きて、窮屈そうだなあと思ってた。似たようなのが小競り合いしてもどんぐりの背比べだよと思ってた。だけど一番狭いのは私の世界だった。私ひとりで閉じていたのだから。

 

"自分は自分、人は人"が行き過ぎた例というのが私のマインドで、この考え方は逆に世界を狭くするんだよね。社会における自分の立ち位置とか、上下関係とか、成績の優劣とか、自分にまつわる数字とか。社会から見た自分になんて全然興味ない。大切なのは、いかに自分に尽くすかだから。他人の成果なんて私の人生に影響しないのだし、比べて優越感に浸ったり憂鬱になっているほど暇でもない。負けてはならないのは常に自分のだらしない心だけだ。昨日の私はもう古い。明日そう思えるようになっていたら、私は優勝者だ。今のところ、勝ち越してる。

 

それとは別に、私はけっこうなシチュエーションにおいて意見が受け入れられなかった。何かお門違いな発言をしていたのかもしれない。ひとつひとつの選択を馬鹿にされたこともあった。過去のことや友人関係、生活のことや服のことにまで言及された。それでもなおこの環境を守り続けているのは、自分のすべてを肯定していて、これが正しいと信じて止まないからだと推測している。(自分のことなのに、きっぱりとは言い切れないこともあるね)

 

「お前はおかしい」その後に続くのは「妙に自信がありすぎる」だった。

くだらないと思っちゃったからあまり真剣に聞かなかったけれど、"人は"(君がだろ?)だいたい何らかのコンプレックスを抱えていたり劣等感を持っていたりするもので、それのせいで正直なアクションを起こせずにいるものらしい。

私の言われる「おかしい」は、上の考え方に対する無理解さから来ているのだろうなとなんとなく解った。

 

根拠もないのに自信満々って、しかしおかしな話だね。確かにね。だけど逆を言えば否定的に捉えている自分の内面を肯定してくれる人が周りに居るから、君は安心して自分ディスりができるんじゃないのかな。誰も肯定してくれなくなったら、セルフ全肯定始めるっきゃないよ。わかってくれるでしょ。

 

 

君の信じているものを馬鹿にしても別にいいでしょ。

君は変わらず信じ続けていればいいのだし。

ちょっとやそっとで、揺らぐなよ。

ウルトラ葬

灰!

 

過去にSNSで暗い投稿ばかりしていたら、見かねた知人が「今後は暗い発言禁止!明るくいこう」と言ってくれて、そのときは私も(そうだなあ〜見ている人が不愉快なら、そうするかなあ〜)と思って暗い記事を書くのをやめたのだけど、違和感に気が付いて、その人を友人リストから除外し、また暗いことも幸せなことも日々のことも思いのままに書き綴るようになった。だって液晶の奥の文字列は全部私の遺言になるのだから。

 

見たいものだけを見て生きてください。009です\(^o^)/

 

誰かの為に書いているわけではないし、誰かを不愉快にする為に書いているのでもない。完全な独り言だ。独り言大公開。独り言の大海原。欲しけりゃくれてやる、探せ!この世の全てをそこにおいてきた!ちなみにワンピースは空島のところでダルくなっちゃって話追うのやめちゃいました。空島以降は人間で言うと"余生"じゃない?何言ってんのかわかる?私はよく分かんない。

 

さて、不穏な空気を醸し出したところで唐突だけど、死んだら直葬してもらおうと思う。また生きるとか死ぬとか言ってるねと思った君!特に反論はありません。

こういう格安火葬プランがあることを知った。

火葬式 費用(直葬)| シンプルな火葬式 14.8万円 格安葬儀

 

葬式って、しなくても法的には問題無いんだね〜。知らなかったよ。死後1週間以内に役所に死亡届を提出。実質これだけで法的手続は完了らしい。いいね。でも死体の処理はやはり必要なので、そこだけは各自なんとかしてくださいよって感じらしい。フムフム。私は浄土真宗の人だから、小さな頃から祖父に「生前の行いに関係なく、死ねば皆極楽浄土」と教えられてきたけれど、お葬式しなくてもちゃんと浄土へ行けるかな?まあ死んだ後のことは、死んでから考えるか。

そんなわけでさっそく遺書にメモ。葬式代(最低50万くらい)だけは貯めて死ななきゃ〜と焦っていたけれど、15万で全部済むんだったら気軽なものだよ。肩の荷が降りた感じ。全身脱毛より安いよ。

 

お前おかしいよ、普通人間はそんな常々死ぬことなんて考えないよ。なぜなら恐怖でバグっちゃうから。今のお前は非常に異常な状態。と心配(?)されたことがあったな。いつから死ぬことについて考え始めたのか思い出せない。思い出せないくらい死ぬことを想像している。憂鬱だからというわけではなく、現実的に、幸せな死に方とか、私の死により発生するお金のこととか、死ぬまでにしたいこととか、明日死んでも後悔しない今日の過ごし方とか。無責任な死って一番迷惑だと思うんだよ。全部他人に丸投げじゃない。死にダメもクソもないけど、生前散々迷惑を掛けた分、死に際スムーズにっていうのが私の理想だよ。

 

かつて自分の死体をホルマリンに漬けて、透明なロケットに積んでどこまでもどこまでも飛ばしてほしいと思ってた。いつか遠い星の誰かが拾って、博物館みたいな場所に展示してくれるといいなあと思ってた。生きてる間だけならまだしも、死んでも尚存在価値を見出してほしかったし、宇宙に忘れ去られるのが怖かった。そんな若い時代もあったよ。それだけ。