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009-009

ロングロングプロフィール

温めて

指先の体温はその日の気温によって変わる。水のような生き物です。周りと同化して、私が誰かってことをときどき忘れてしまいそうです。私の手が冷めているのをかわいそうに思った彼が自分の手袋を手渡してくれた。持って帰ってもいいそうです。お言葉に甘えて。ありがとう、でもこれからも使わず大切にとっておくね。冬の寒い空気に生身を晒す。これは少しの自虐行為、私の趣味。でもありがとう。

 

巷では就活が解禁したとか、なんとか。社会人として何か言いたいことがあるような気がしてふとブログを立ち上げたんだけど無いわ。本当に無いわ。人間には気をつけろ。そのくらいです。幼稚園、小学校、中学校、高等学校。私にはここまでの学歴しかない。時間割を与えられた生活。人間が同じ箱の中に詰められて、同じことをやらされて、その小さな箱の中で競わされる。ヘンな世界だって思ってた。同じ箱の中で形成される同じ偏見。今日のあなたの常識は、この偏見の積み重ねだってことをたまには思い出してみて。好きじゃないことばっかりでつらかったな。英語も数学も。女の子のグループも、クラスの中で誰がかっこいいとかいうサバイバルゲームみたいな恋バナも。地獄かよ?

卒業したらもっとヤバい社会が待ってた。でも転職したらそうでもなかった。脅しみたいに「社会は甘くないぞ」「社会人として〜」「一から教えてくれないぞ」なんて知ったかぶりで言う大人がいるよね。無視しなさい。

社会に出ることは、規則正しい生活がまた連続することです。これまでの学習全部を活かせるかというと残念ながらそうでないことも多いです。だけど学んだことは確実にあなたの教養となって死ぬまで一緒に生きてくれるから、大切にしてね。

びっくりすることはありません。なんなら勉強していた頃よりずっと生きることが楽です。だって何も考えることがないし。期待しないでください。きっと一年もすればこの繰り返しの日々を退屈に思うことでしょう。そうそのときはまた好きなことでも見付けて飛びついてしまえばいいのです。

ちゃらんぽらんな人生です。ろくなこと言えないから黙ってた。でもちょっとだけ。あなたが常に幸せを感じられる平日を休日を手に入れてください。

口先だけなら誰にでも言える、一発屋もいる。人はひと目で判断できないのです、だからあなたは誰も盲信することなくすべてをいつも自分の心でジャッジしてください。正不正はだれでもないあなたが決めることです。それさえ間違えなければ大丈夫大丈夫、あなたの人生は。

 

009です\(^o^)/今日も何の話しているんだか、よくわかんないね。

 

自分だけはいつまでも老けないと信じてる同年代の人けっこう居る。それはないと思う。あなたは老いたけど、きれいだよ。私たちは今を生きてる。

たまに私の心は高校二年生のときで止まっているんじゃないかって思う。でもそれは今の高校二年生じゃなくて、10年前の高校二年生。他社ケータイとメールで絵文字のやりとりが出来るようになったばかりの頃だよ。ガラパゴスケータイで。ろくに盛ってくれないプリクラ機に入り浸り何枚も何枚も自分たちの写真を撮った。若いままでいたつもりが、時代に置いてかれてただけだったの。だから今の高校二年生と私が高校二年生だった頃の風がリンクするかっていうと全然そんなことない。今を見なきゃ生きていけないよ。今を見て。今の風が吹いているよ。振り返ってもいいけど、そこに私はいなかったの。

お弁当箱を変えた

だめだめお尻はアウトプット専門なんだからさあ。インプットはまずいよ。ものには得手不得手が付き物さ。たった今何の話をしてるのか?私はボーイズラブになど興味はございません。どうかみんなお幸せに。だいたいで言えばこういう感じでしょう。でもズレてます、論点、程遠いです。

 

睡眠薬を飲んで書く支離滅裂のブログもこうして記事を積み上げていけば一貫性とか現れ始めちゃうんじゃないかなボチボチと。そーでもないか、そーでもないよーです。

 

009です\(^o^)/嘘です、彼女は死んだ。

数年前に死んだのよ、彼女はミクシィの中だけできらきら光ってたキャラクター。

 

最近めっきり話を聞いてもらえなくなったな。正直ね、共通の知り合いの陰口とか、しょうもない失恋の話とか、仕事の話とか、飽きたんです。飽きたんです私。どれも極めてどうでもいいし、私の生活には無関係なことなんだよね。ぶっちゃけ無駄です、私は今私がいいと思ったところへ駆け付けて、どきどきしたいんです。ときめいていたいよ。

私最近お弁当箱変えたんだ。些細なことでしょう。私以外ぜったい気が付かないでしょう。そういう内緒の話を教えてあげたいのにみんな自分の話ばっかり。大変で、どうにも、ならない。わかったわかった、わかったよ〜。お前は仕事なんか辞めちまえ。自分で選んだ環境にケチをつけながらも居座ることは卑怯じゃん。結局居心地良いんじゃん。じゃ、その話は終わりっつうことで私のお弁当箱の話聞いてよ。そこで昼休憩が終わるの。

 

3週間も待ったのに、今日も出る幕がなかったから、こんなクソブログで私の話をするしかないんじゃん。でも聞いてね。すぐ済む。

 

お弁当箱を変えたんだ、大きめのサイズで、仕切りのついたやつに。以前までは小さいのを2個持っていってた。もちろん、1つはご飯用、1つはおかず用。何も考えてなかったんだけど、新しいお弁当箱はてんでだめ。おかずのだしがね、仕切りを超えてホイサとやってくる。ご飯を包んだラップがなんだかぐじょぐじょ。ちょっと不衛生なんじゃない?不衛生なんです。ユニットバスとセパレートというのがあるでしょ。前までのはセパレートで、今のはユニットって感じがする。そう、それだけ。それだけの話をただ黙って聞いて、終わりにわかる〜って言ってくれれば満足したのに。みんなここにいない人の噂話ばっかり、つまらないよ。私のつまらない話のはけ口はここにしかないの?

 

同じ趣味なんかなくても、同じ癖と日課があればあなたとは親友になれる気がする。なれるよ。

 

アウトプットが下手なのはインプット不足だからとかそんなかんたんに言う。すべてのことに何か感じることができる人の足元にも及ばないくせに。

 

い795

ちょっと待ってくださいね、今あなたのマンションを地図から調べていますので。あ、あったあった。大丈夫そうですね、ところでその粗大ごみというのはどの品目にあたるものですか?えっオーブンレンジ?電子レンジのことでよろしいですか?ハイハイ、では13日の朝に回収に参りますのでそれまでにコンビニなどで粗大ごみに貼るシールをね、400円分買って貼って出しておいてくださいねえ。記入するナンバーは、い795です。ひらがなの'い"に続けて795を書いてください。そうそうそれだけで手続きは完了ですので。よろしくお願いいたしますねえ。はいっ、はい。失礼いたします。

 

言われた通りファミマで買った粗大ごみシールに油性マジックで「い795」と書いて彼のグレーのボディに貼り付けた。このシールは剥がれません、だってさ。私たち取り返しのつかないところまで来ちゃったね。

 

彼とは6年前の引っ越しの際に家電量販店で出会い、家電のいろはも知らぬまま店員に勧められるがままに購入させられていた。あとで知ったことだけれど、割と値の張る商品だったらしい。洗濯機と冷蔵庫。これはいかにも一人暮らしのものといったこじんまりとした風情だが彼は大きくあまりに多機能で、この狭いうちの中で一人だけ浮いていた。同居中彼のオーブン機能を使用した回数3。ゴチャゴチャと色々なボタンが並んでいたのに他に私が触ったのは「レンジ」「1分」「10秒」「あたためスタート」この4つのボタンだけ。6年間、彼は彼のスキルを引き出して驚かれたり喜ばれたりすることもないままで。ある日突然バチバチと危うい音を立てたあと、弱々しく「プス〜」とため息をついて、それから彼は冷たく、動かなくなってしまったのだ。ジャンク品高く買いますと謳う店へも連絡を入れたが、こんな古い型お断りとのことで、引き取り手がない。泣く泣くただのごみとして回収してもらうことに決めた。

 

腹が立つと物を殴ったり、壊したりする。小さな生き物を殺す。すると清々しくていい!なんて言う人がいるが、物言わぬ無機物や自分より弱い生き物をいじめてすっとしている自分に自己嫌悪したりはしないのだろうか。そんな自分が嫌にはならないのだろうか。ならないのだろうな。

 

これまで無機物から与えられた無償の愛の数々を思うと私はどうしても、用済みであっても彼らが捨てられたり、のちに乱暴な扱いを受けることに胸が痛む。昨日外に出しておいた彼は、今日会社から帰ってきたときには連れ去られてもう跡形もなかった。最後のお別れだったのだ。壊れるまで尽くしてくれてありがとう。それを伝えるすべがない。だから何度も心の中で祈った。

 

まだ若く仕事がしんどかった日は、誰に声をかけられたいわけでもなかったがただ癒えるような温もりが欲しくていつも一目散にシャワールームへ駆け込んだ。温かいお湯を頭から被って、私はこんなに優しくされてもいいのかなあと泣いていた。温かい布団に潜るとき、服を着るとき、靴底を踏みつけるとき、いつでも無償の愛を得ている。

 

これから廃棄されるものなのに、ぶつけないように、慎重に部屋から運び出して、無事マンションの前に無傷の彼を置いてきた。さっきまで温かい部屋の中にいたのにねえ。さっきまで私が抱えていたのに。寒そうに、ひとりで。ごめんね。このあと彼はどこへ連れて行かれて、どうなっちゃうんだろう。

 

私が求めたときにだけ、きちんと応えてくれたのに。冷たい空の下ひとり遠くへ行ってしまう君のことを想像する。

無機物の死と向き合う一日だった。

あなたはいいよね

私と違って。努力したことないんでしょ?悩みなんてあるの?あなたはいいよね私と違って。

 

そうですね。私はいいですよ、私の人生は本当にいいです。でも違うからこそ違う苦痛があるのです。いいことばっかりでもありません。たしかにあなたの前で努力を見せたことも、悩みを話したこともありませんね。見聞きしたものがすべてのあなたの世界では、私は超イージーモードを生きているのかもしれません。本当にそうだったらいいと思いますが、それはすべてあなたの想像の世界であることを今後忘れずにいてください。

 

目の前の人をただの人だと思うなよ。これは誰の言葉だったかなあ。平凡に見えるこんな私にも、つらいことや痛いこと、頑張ったことはたくさんあったよ。部屋に閉じ込められて好きな人に会えなかったこと、お腹が空いてもお金がなくてどうにもならなくて、どんどんガリガリに痩せていったこと、何かと理不尽な言いがかりをつけられていじめられたこと。だけどそんなの生きていれば誰にでもあることだと思う。人ってそんなものだと思う。

そんなものだと仮定した上で接していたら、表面だけ見て「あなたはいいよね」なんてきっと言えないよ。

想像して。あなたはもっと、傷ついた方がいい。

ネオ現実

睡眠薬を飲んで映画を観ていると、途中で自分の夢と映画のセリフが入り交じって、ネオ現実って感じの新しい街が完成する。

昨日観ながら寝落ちたイラン映画で覚えているのは「この部屋寒いわね、踊りましょ!」と言ってみんなでワイワイ踊るシーンだけだった。夢と現実の交差する街の真ん中で(その発想はなかった)と何の捻りもない感想を抱いたのち、夢の中に引き摺り込まれたのでした。

なぜなぜ私はこんなに暗い。寒ければ踊れば良かったのに。009です\(^o^)/

これから続きを観る。ちなみに邦題は「彼女が消えた浜辺」。ミステリーだ。踊っている場合か?

 

予定のない日はだいたいツタヤさんで借りてきた映画DVDを観る。今年に入ってもう12本も観てしまった。私の孤独を知るための指標となる。知りたくもないけれど。

いちいち数えていなかったけれど時間を持て余していたので、ついでに数えてみると去年は73本。せっかくなのでどれか一本誰かに勧めてみたいところだが、勧めさせてくれる他人も居ない。もしかして私孤独なのでは?孤独じゃん。考えれば考えるほど理不尽な腹立たしさが押し寄せてくるので、憂さ晴らしに一丁、最悪な映画を紹介しちまおうって魂胆さ。誰も得しないぞ。

 

1.神々のたそがれ

これさあどんな話って説明できないよ〜。ざっといえば賢者が殺され、愚者にのみ生きる権利を与えられる。そんな国民たちを神は目の当たりにしてなんかセンチメンタルになっちゃうの。サブカルっぽいものごとには目がない彼に連れられ長編約3時間、私はただ人々が意味不明のルールに従って生きたり泥まみれになったりなんとなく内臓をはみ出してみたりする映像を、しかもモノクロで観続けた。会話はあるが各々まったく繋がっていない。この終焉そのものみたいな世界でいったい何が始まるんだとだれながらも期待を寄せて観ていると、神らしき人が立ち上がって「神はつらいよ」と去っていった。ただそれだけの映画だった。終わった瞬間エッ!って叫んだ、隣で彼はすやすや眠っていた。こんなことなら神戸三宮ヒステリックジャムのリッチなクレープ頬張ってサブカルショッピングでもした方が有意義だよ。観ないこと。神戸三宮のヒステリックジャムには行け、行ってクレームブリュレを食べろ。これは使命だ。

 

2.ストレンジャー・ザン・パラダイス

 ジム・ジャームッシュ脚本だかロードムービーがどうだか知らんがとにかく暇なんだよなあ〜。陰気臭い男女三人の奇妙な共同生活が始まって、しかもこの三人っていうのがお互いそんな仲良くないんだよ〜。こんな合わない三人で遠くに出かけよってなって、うまくいくわけないんだよ。で、やっぱりうまくいかなかったねえって感じで話が終わっていくの。初めっから「だろうねえだろうねえ」の繰り返しで新鮮味もクソもあったもんじゃないよ。

 

中途半端だけどこの2つだけは観てはだめ。人生の大きな損失になる。

良い映画で語りたいな。でも睡眠薬が効いてきたからこのへんで。私はまたあのイラン映画と向き合って、ネオ現実を生きるの。ネオ現実ネオネオ現実。

現実はさびしいのだろうか。寂しいからうつらうつら揺れる私の浅い夢に干渉してくるのだろうか。

 

過去にもミクシィで似たような日記書いてたんだよね、そのときの日記が予想外に読まれる日記で。当然おかしな奴も粘着し始めるものだ。たびたび「それは僕達が性欲の奴隷だから」という謎めいたコメントをのこしていく人がいた。(日記の内容とは無関係なのでぶっちゃけ早く粘着やめてくれと思ってた)

何を言っても「性欲の奴隷であるせい」「性欲の奴隷だから仕方がないこと」の性欲の奴隷一点張り。ミクシィを離れた今性欲の奴隷の人が誰の日記の奴隷になっているのかなんて別にどうでもいいことだけれど、せめて、過去を恥じる程度に成長してくれているのであれば、実はちょっと会ってみたいって思う。生理的欲求の奴隷は、卒業できそうか?

 

ときめきについて

5時間も乗っていれば電車がどんな形をしていたか忘れてしまうように、年単位で続く恋をしていると恋がどういうものだったのか忘れてしまう。もれなく友人関係もよく分からなくなってしまう。いやいや、それは私だけかもしれない。みんなはもっと明瞭な毎日を生きているのかもしれない。

 

ときめきだけを糧に生きてきた私は、たった今、何に縋って生きれば良いのか分からない。

009です/(^o^)\

 

ある日突然来たということもない。ゆったりと下降し、気づかぬ間に着地した。私の心はすっかり平らになってしまった。兆候は、あったと言えばあったが、果たしてあれがそうだったかも今となっては分からない。分からないことばっかりです。

 

実は好きって言葉は嘘でした。10年前から嘘でした。本当です。本当の嘘です。好きじゃなかったのかというとそれも違う。物事は、好きか嫌いかだけではないということを、まずもって知ってもらいたい。私は、今までのことを好きか嫌いかではなく、良いか悪いかで判断していた。これは一昨日の夕方に、判明した最新のニュース。だいたいからしておかしいと思っていた。何か好きとか嫌いとか言うたびに、嘘をついたようなやましさがあり、目が合わせられなかった。言われることも同様に傷付いた。これは完全に言語感覚の話になるが、私の「好き」は生理的欲求を満たすものごとに向ける感情であって、その他はこれに当てはまらない。「嫌い」も同様に。たとえば、じゃがいもは大好きだがあなたのことは好きじゃない。フワフワの布団が好きだがやはりあなたのことは好きじゃない。簡単なことなのに、一昨日まで気が付かなかった。だけどたとえば、整理整頓されたデスクは良いし、イモムシの脱皮も良い。そういえば、あなたも良い。とても良い。私を生かしはしないけど、良い気持ちにさせてくれる。それが好きということだと言われてしまうともう何も言い返せないけれど、私の中では完全に別ものなのだ。試しに"好き"な人たち数人に「あなたは良いね」と言ってみたら、やはり腑に落ちた。騙したような気にはならなかった。生まれて初めてだ。(ちなみに、"嫌い"な人のことを「悪い人」と表現すると、これまたしっくりきたのだった。)

 

実は好きって言葉は嘘でした。10年前から嘘でした。本当です。本当の嘘です。

 

しかし次の瞬間、判ったところで何だと思った。まるで私には食う寝る排便以外に没頭できる趣味が無いとでも言いたげじゃあないかね。そんなのあんまりさ。それなのに反論がないや。思えば食う寝る排便より好きな人やものなんて、なかったような気がするし。あったら生活が崩壊するし。でもさあこんな気持ちに気付きたくなかったよ。悲報。私、長いこと何も好きになってないんだと判る。長いこと何も好きになってないと全米で話題に。

 

波乱万丈と表されがちな人生だ。だからといって、特に、ときめきがない。食うも寝るも脅かすような衝撃的な人やものに、もう長いこと出会っていない。私の価値観がくだらないだけで、本当はもっと世界は素晴らしいのかもしれないけれど。心が動かない。見聞きする全てが、頭をスルーする。良いとか、悪いとか。アットコスメやアマゾンのレビューじゃないんだからさあ。だめだよ良いとか悪いとか言っちゃあ。歪んだ解釈をされて相手の気分を悪くさせたらどう責任取るのよ。歪んでいるのは私の解釈なのだけどね。

 

よく分からないまま生きてる。とにかく無感動に生きてる。存在をありがたがって、たまに手を合わせる。それなのに、あなたのことを好きじゃない。もしくは一度、この列車を降りて恋とは友とはなんぞやと、まじまじ観察してみようかな。私たちの形は、外からしか視えないものね。

Yeah めっちゃ元旦

明けましておめでとう。みんなハッピー感じてる?私は身体の衰えをひしひしと感じてる。

 

また1/1から始まるのかよ。今まで積み重ねてきた365日はなんだったんだよ。12月はいったいどうなったんだ。また時空の狭間に消えたのかよ。

009です\(^o^)/なんだかんだで年で1番大晦日が好き〜。次に好きなのは夏の週末。

 

年の瀬は良いよね。実質何も変わらなくてもみんな何か大きな肩の荷が降りたようなスッキリとした顔で。後に控える三が日のお休みが心強いのでしょう。街ゆく人々の足取りは軽く、このときばかりは自身のハッピーなイベントに忙しくって、誰ひとり他人に意地悪をはたらこうとしない。そんな暇な人聞いたことない。私はこのムードが大好きなんだ。みんなそれぞれの年末があって、みんなみんな年末の虜なのよ。このときばかりは世界平和も叶っちゃうんじゃないかな〜って思う。だから大好き。大晦日の夜。もう一度帰りたくて、私は今年もまた大晦日を迎える為だけに一年間生きるのだろうな。はあ。毎日大晦日だったらいいなあ。

ところで呼んでもないのに勝手にやって来た新年についてなんけど、やっぱ帰ってくんないかなあ〜。

元旦から先はもうどうでもいいっていうかあ〜。

 ↑昨夜ここまで書いて寝落ちまして、現在1/2。老人か?

 

昨日初詣に行った。三ノ宮の生田神社。宗教柄、仏に祈っとくべきなんだろうけど、神社に来ちゃったね。私は夏祭りとか初詣とか、そういう日本のお祭りごとが大好きで、用も願いも無いのについつい来てしまうんだ。だいたい毎年、行ってカンパして手を合わせるんだけど、実は私今まで祈ったことがなかったのね。神に手を合わせようがカンパしようが、私の為を思い働いてくれるのは私ひとりだけだしね。要は私が神なんだわ。

けれどなぜだか今年はロマンチックな気持ちになって、いっちょ祈ってみたのよ。おまじない程度にね。されどおみくじは小吉、「とにかく動くな・ちょっとくらいガマンしろ」との助言あり。果たして転居・転職の夢は叶うのか?2017年、どうなっちゃうの〜?!おみくじ引き直そう。

神も仏も私たちを見ているよ。そう、見ておられるだけなのだよ。

 

ところで年末は何して過ごしたの?私は有馬温泉へ行ってきたよ。うちのおばあちゃんは温泉大好きだったんだけど、若い頃はそのわけが分からなかったんだ。温泉って独占できないし、暇だし、のぼせるし。つまんないって思ってたんだけど、最近その良さがわかり始めて成長(または老化)を感じてるよ。特に露天風呂は最高。みんなも試してみると良い。露天風呂の真ん中に仁王立ちして、外の風を感じてごらんよ。日本にも、合法的に堂々と外で裸になれる場所があったんだよ。いやあこれは気持ちがいい。アダムとイヴを超えた。(?)

 

春は曙、夏は夜、夜はガキ使。夜はガキ使を観て過ごした。テレビってそんなに面白くないのでもう13の頃くらいから観てないのだけど、それでも機会あらば年末のガキ使だけは未だに観ちゃう。今回も面白かったね。しかし芸人さんっていつからあんなに体を張る仕事になっちゃったのかな。そこまでの暴力、視聴者は求めてないと思うんだよな…。芸だけでも十分面白いのに。他人ながら身体が心配。

 

って書いてたら三ヶ日最終日になっちまったよ。月日が流れるの速くない?正直大晦日と夏の週末以外どうでもいいので、そのあたりだけをピックアップした人生がほしい。

 

 

 

「例えるなら水。流れている間は澄んでいて、停まるとたちまち澱んでしまう。あなたは、動き続けなければ死んでしまうのです。」

去年占い師さんに言われて腑に落ちた言葉。魚ならマグロですねえと笑われた。何事も続けられない。飽きてすぐ違う景色を探しに出掛ける。やりたいことはあるけれど、好きな人やモノは、そんなに多くない。しかしさらさら変わるつもりもない。私は水。それも一つの生き方だ。不真面目だと理解した上で、変わらずに生きていこうと思う。

 

今年もよろしく数少ない友達、家族、恋人、そして私。