009-009

ロングロングプロフィール

黄金糖

母方のおじいちゃんは黄金糖とスナックパン

母方のおばあちゃんはキラキラのパンプスとお裁縫

父方のおじいちゃんは都こんぶと小指の長い爪

父方のおばあちゃんはオロナインH軟膏とだし巻き卵

 

誰の形見もないのに。百均で、薬局で、買わないのに手に取って原材料の欄なんか読む。今じゃなくあの日のことをもう一度思い出せるから。ロングセラー商品って良いなって思う。黄金糖や都こんぶのリピーターなんているのかな?いないと思う。それなのに。今日も百均で、薬局で、買わないのに手に取って原材料の欄なんか読む。黄金糖がある限り、おじいちゃんは私の中で生き続ける。

正しい

対人

☑自分以外の存在や思考を認める

☑お礼と謝罪はその場で済ませる

☑嘘を言わない/黙秘はセーフ

☑優先順位を付ける

 

交渉

☑礼儀正しく・厚かましく

☑正論はオブラートに包んでそっと渡す

☑良心を利用する/良心のない人には相手の利益を強調する

 

お金

☑自分で稼ぐ

☑借りない・貸さない

☑年齢×千円お財布に/残りは預金

☑肌身はなさず身につける/就寝時は手の届く場所に

 

恋人

☑どこまでいっても他人は他人

☑現実的思考ができる相手をパートナーに

☑一目惚れでGO/たまに間違う

 

☑何もできないのなら無駄に言葉を掛けない

☑相手に時間またはお金を費やす

☑幸せを祈る/それがもし決別への道であっても

 

食事

☑1日2食と3時のおやつ

☑食前・食後に合掌し祈りを

☑よく噛んで味わう

 

健康

☑起床即顔面リンパマッサージ

☑すべての薬を飲み忘れない

☑午前1時までに就寝

かがやき

高校時代、3年間付き合ってたカズって男の子がいたんだ。あるとき事情が重なり彼との交際と通学のどちらかを選べと親に迫られて、即答できなかったんだ。結局、自分で学費や食費を工面しながら交際を続けて良い(と言っても会ってはならない。謎)ことになったんだけど。それで今およそ10年が過ぎあの頃とは全く違う環境の中で生きてる。当然隣にカズはいない。今は2児の父らしい。実は卒業間近に「俺は他の女と結婚することになったんだ」と振られてジ・エンド。謎めき過ぎているけれど、今やそれもどうでもいい。

カズのことを好きとか嫌いとは思わない。それは卒業間近のあの日や今日も。たぶんこれからも好きとか嫌いとは思わない。カズにはたくさん酷いことをしたし、彼の仕打ちも相当効いた。チャラにしようやとまではいかないけれど、どうしてもカズを憎むことはできない。

どういう理由か忘れたがカズが私の両親に呼び出された日があった。何かしらで怒りに触れたのだと思う。私の同席はもはや大前提とされていたが、あの気まずい空間がなんとも苦手で…私は部屋を飛び出して、一人で外へ出かけてしまった。部屋に取り残された両親。後にやって来るカズ。

あのとき本当は「今日は009が逃げていないから、後日にしてもらってかまわない」と両親が断りを入れたそうだが、カズは一人でもと言って、きちんと話を聞いて帰っていったらしい。

カズに男親はいない。

お母さんと二人暮し。母子家庭に育った。かなり小さい頃に両親が離婚したらしい。つまり、カズは男親がどういうものかを知らない。

まだ16歳で、男親がどういう存在なのかも分からない、それなのに。まして交際相手の父親と母親から同時に詰め寄られる恐怖はどんなに大きかっただろうか。本当にかわいそうな思いをさせてしまったと反省している。今思ってももう意味がないけれど。

 

「僕だけでも話を聞きます」と私のために一人で立ち向かってくれた日のことを10年経っても忘れない。彼のことは今日も好きとか嫌いとは思わない。ただあの日のことが、彼のあの真心だけが結晶化して、私の中のカズになっていく。

これからも人を好きとか嫌いとは思わない。それでもあなたとのただひとつの思い出だけが、私の中にずっとかがやき続ける。人に対する思い入れとは、たいがいそういうものなのです。

内科でレボリューション

内科に行ったらうつ病が半分治ったわ。もしかするとこれまでうつ病だと思ってたものの半分がうつ病とは無関係な病気だったのかもしんないわ。

うつ病と一口に言っても私のうつ病は完治した!ハッピーライフを謳歌!と忘れかけた頃にまた突然撃ち落とされて死ッピになって(再発して)しまうという山あり谷ありなもの。リズムがあるんだね。そんなときは何もかも放ったらかしてヒキニートになりたいものだが実際問題なんやかんやてんやわんやでそういうわけにもいかないので、応急処置として定期的に心療内科に通っていた。心療内科で貰った薬はどれも相性が悪く続かないので部屋がどんどん薬の墓場になっていく。あと単に医者と意思疎通するのも苦手だ、偽造楽勝なあの胡散臭いペーパーテストも嫌いだ。でも心療内科へ通うと気持ちが少し軽くなる。病気になったら病院へ通う。社会人として、やるべきことをやったような達成感が得られて心によいのだ。

それがどうだろうつい最近精神がズシーンと来て布団から一歩も出られないほどグラビティが強くなった日があった。いつものうつより発熱・頭痛・嘔吐・めまいがひどく身の危険を感じたがいつもの心療内科へ赴く体力もなく、取り急ぎ近所の内科へ駆け込んだ。(駆け込んだとは言え布団から這って出たし着替えたり髪の毛をアレするだけでも2時間、現場に向かうにもカタツムリのような速度で歩き、信号待ちの度にそこかしこにしゃがみ込んでだいぶ時間がかかった)するとあっさり別の病名を言い渡されて、30秒ほどの診察のあと4種類、適当な薬を手渡されさっさと追い出された。当たり前のことかもしれないけど、心療内科とは違いテストやカウンセリングが無いぶん診察代が激安!驚いた。え?ええ〜?これだけ?という不慣れな戸惑いがあったが医者は医者だし偉大だしと信用して薬を飲み始めること3日。落ちた気持ちは相変わらずでも身体は超回復し、今や完全にアンチグラビティ状態。バク宙オーケー。嘘、バク宙は無理です。メンタルはさておきフィジカルの状態が一気に良好に。メンタルもつられて上昇中。これまでの心療内科でのゆとり治療はなんだったのかと思わざるを得ない。

恋の傷は恋でしか癒えないとはよく言ったものだが体調不良の原因がメンタルによるものだからといって、いつもいつでもメンタルから底上げするのが正解とは限らない。ときには原因がメンタルでも、身体の不調は内科だな〜っと切り離して考えることも必要だと分かりました。あと人望がないなら無いなりに一人でも生きていけるように多角的な視点を持つことが必要だと分かりました。21世紀は内科でレボリューション。お試しあれ。

 

話変わんないけど過去は耐えられたレベルのストレスが今襲ってきたら即死してしまう。そんな時、心にも体力があるんだなと感じる。私はもう27だけどまだ27なんだ。まだ27なのに身体ガタガタで心ヨボヨボ。実質もうお婆ちゃんなのね。それだからなんだというとですね、これから先二度と経験することの無いような鋭い痛みに耐えなければならない時代が、10代後半〜20代前半の若く元気なうちに通過して本当に良かったなということです。確信できるのは、あれよりひどい環境に当たることはもうないということです。当たったとしても、理解してすぐに逃げ出せる。あれより痛むことは今後たぶんもう無いんだ。(親しい人の死とかは、これからも避けては通れないと思うけど)

だから、本当に良かったんだよね。

大正デモクラシー

アルゴリズムリアルゴールドは似ている。

灯台下暗しと大正デモクラシーは似ている。

コノハズクとゴミクズは似ている。

エピグラフとエビピラフは似ている。

末端冷え性とマンハッタンは似ている。

ひつまぶしとひまつぶしはもはや同じ。

何個か前の彼と名古屋へ旅行に出かけた際、店員さんに「このひまつぶしください」とナチュラルに注文した。お店の人は特に首を傾げるでもなくハイとメモを取り去って行った。そんなもんだから大阪に戻ってきて再びひつまぶしを注文するまで気付けなかった。

からあげとカラオケも似ている。

夜の屋台で「カラオケひとつ」と言い間違えたけどへいお待ち!1コサービスね!!とカップを渡してくださったんだわ。だからなんだということもないけれど自分だけが少し恥ずかしい。

たかが世界の終わり

たかが世界の終わり それは映画のタイトルでございまして私の人生はどうやらこれからも続いていくようです。遺伝のことを考慮してもざっとあと60年は生きてしまうことでしょう。内臓の強い家系ですのでそう簡単にはポックリ逝かなさそうなのです。それが残念なことか良いことなのかはその日が来るまで分かりませんが、いつか来るその日に怯えながら、また、待ち侘びながら今はただ、自分を生かすのみです。

たかが世界の終わり それは映画のタイトルでございます。こんなタイトル、気にならない人いる?たかが世界の終わり なんでそんなこと言うの?気になるでしょう。私、気になります。

つい先日(と言ってももう1ヶ月以上経ったか経ってないか分からない。大人になると、時間の感覚がどんどんズレていくものだと、そう思わない?)取扱いがスタートしたようなので早速ツタヤさんでレンタル。帰宅即DVD。観た日は正直、拍子抜けだな〜っとガッカリしたんだよね。タイトルのインパクトがあまりにもディープでしたわ、私には。だからこう、タイトルと内容のギャップが。

私は世界を大きく捉えていた節があったね。なんなら宇宙が消えて失くなる日、あなたは何を思う…!的なゴッツいスケール期待してたわ。けどこの映画の「世界」って「自分ひとりの人生」という意味だったんだよね。まあ言われてみりゃそれも世界だわなと納得するほかなし。想像力が足りてませんでした。つまるところ、つまらなかった。映画を観たあの日は。

だって変なんだよ。ここから先はちょっとネタバレするけどいいかな。いいよね。余命宣告された主人公が、長いあいだ接触を避けていた家族にそのことを伝える為、嫌々ながらも義務としてというか義理があるから、実家に向かうのね。で話を持ち出そうとするんだ。でも家族みんなにも一人ひとりの悩みや大きな不安があって、みんながその悩みや不安を先に主人公にぶつけてくるの。詰め寄ってくんのよ。なんとかしてよ、あなたならなんとかしてくれるでしょ?!とね。他の家族同士もどうやら仲が悪そうで、改めて話を切り出せる雰囲気でもなし…あーもーどうすりゃええっちゅうねん!たかが自分の死なんて、世界(自分の人生の登場人物)にとっては何でもないことなんですね、ハイOK!って主人公が悟っちゃいましたとさ。ただそれだけの話なんだ。なんなんだ…結局まだ世界終わってないけど話終わっちまったし、ちょっと、なんなのぉ…真面目にやってよぉ…。と思ってたんだよね。

しかしね、後々思い起こしてみるとあれは本当、ごく当たり前の、ただの現実をそりゃもう忠実に、痛々しいほどリアルに再現した、凍りつきそうに冷たいお話だったって最近気付いたんだよ。

普通さ、物語なんだから、主人公が滅多に訪れない実家にわざわざ足運ぶってことは、何かあったな…と家族の方も身構えて話を聞いてあげるモードに突入しても良くない?今までの映画だってそんな感じだったじゃん。でもあれは理想だったんだって。物語だからうまいように話がトントン進んでいくんだって。現実は…実際は、みんな自分一人が安心して生きていくために必死で、自分が見ている人・もの・景色だけが世界のすべて。そんな人同士が何人集まってもみんなが主人公一人のために建設的な話し合いをしてあげられると思う?無理無理。ないよね。みんな余裕がないもの。心も、お金も。場合によっちゃ身体もズタボロ。お前の事情なんか知るか!そんな人ばっかりだもの。そんなリアルをよく表した映画だったなと、今は感心させられる。まあ、つまらないことに変わりはないのだけどね。

誰と話しててもみんな自分の話ばっかりで、それを感情移入しながら真面目に聴き込む癖があるから何もしてないのになぜか私がへとへとになって、そんなときに、たかが世界の終わりに似通う何かを自分の生活の中に見つけて、ひしひしとあの作品の再現レベルの高さを思い知るのです。

 

いっぱいいっぱいで自分の為にしか生きられないことってある。本当は誰々にも何何してあげたいのに、それができなくなってしまうことってある。私も脆いから、そんなときは発熱して身体のどっかがだんだんバグって、大笑いしてたと思ったら、よう分からんビルとビルの隙間に入り込んでグズグズに泣いたり、吐いたり、ときどきは高いビルの屋上から下を見下ろして、想像してみたりする。頭がバグりすぎて、人を殺さなければ!という衝動に駆られ続けていたこともある。またすぐキャパオーバーしてバグってしまうだろうけど、今はなんとか自分の為に働いて、とりあえずの生活も回してて。全然余裕じゃないけど大切な人の心だけは尊重できる。その人の為なら一時的に理性的にもなれる。みんながこうして少しずつ黙り合って、我慢して、トリガー引く手を弛めることで成り立つ話し合いってあるんじゃないかな。これまでも、たくさんあったんじゃないかなって。

ここで私がひとりでワイワイ言って、今変わるのはとりあえず私だけだけど。ぶつかり合い続けていくのではなく、お互いの痛みを分かり合って、まずは痛い部分を撫でてあげること。遠回しで、無関係なことのように見えて、結局一番の解決への近道になるんじゃないかなってね。発見があり、希望が生まれましたの報告です。🐎

人んちの犬が見つめてくるのでニッコリ笑いかけてやる。犬は見慣れてもう感動がない。犬がそう望むので私は笑いかけてやるのだ。期待されている限り、期待に応える為に存在する私です。それで犬は(やっぱり人間は僕のことが好きだ)と安心するでしょう。その積み重ねが大切。そうやって少しずつ人に対する犬の警戒心を解いてやる。するといつか人に絶対的な信頼をおくようになる。それが大切なんだ。信じられるもので固めた世界は強い。だから私はニッコリ笑いかけてやる必要があるのだ。犬。人間。コミュニケーション。

 

次は私の世界について。自分以外信用できないから、誰にも会いたくない。惑わされて、混乱するから。それでも無理矢理人に会って、小さな約束をいくつも守ってもらって、信用することに抵抗をなくしていかなきゃならないって思えるくらいに心は開けるようになった。人間VS人間。でも、いざ裏切られても競馬当てたときみたいにスカッとするんだ。やっぱりか!やっぱりかお前もただの人だったか!知ってたぞ!とね。まるで悲しい気持ちにならない。一晩もしないうちに君のことを忘れるだろう。他人は自分に嘘をつくと決め付けている。脆い世界に生きている。全部私の被害妄想だったらいいのにだいたい予知夢だ。

だからこそ人んちの犬が見つめてきたときはニッコリ笑いかけてやらなければならない。それは自分の為ではなく、犬の強い世界のために。