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ロングロングプロフィール

銀色のまばたき

なんだかんだで他人と居過ぎたのだと思う。最悪な話をするけど私の年収は思ってたより断然少なくて腰を抜かしたよ。毎月ちょっきし使い切る。服も化粧品も買わない。髪も二ヶ月に一回しか揃えに行かない。Wi-Fiだってデータ通信制限のあるプランで契約している。自炊してるのに、そんな贅沢してないのに、妙だと思ってた。私もうだめなのかなあと。この三ヶ月で恋人とほとんど会わなくなって、友達の付き合いもゼロになった。意図的にではなく、単に相手にもその気がなかったのだと思うけれど。すると不思議なことにお金が貯まっていく。ちょっと余裕ができたらこれまで怠っていた美容のことやファッションのことに目を向けるようになる。美容部員の頃と同じだ。不定休で平日にしか休みを取れず、当然予定の合う友達もおらず、それはそれは孤独な休日だった。楽しかったのはうんとメイクに時間をかけて着飾って街をふらふら歩くこと。デパートで色物コスメを買ったり、ブランド古着屋で服を選んだりした。それは誰かのためじゃない。このメイクで、この服を着た私ってどんななんだ?という好奇心を甘やかしてホイホイ与えていたに過ぎない。物を手に入れた日は楽しい。子供の玩具と同じだ。物のことだけ考えてわくわくしていればいい。その間だけは孤独も不安も飛んでいくから。

今になって化粧品も服もそんなに好きじゃないような気がしていたが、孤独になるとまたこれに走ってしまい、これまで抑圧されていただけで、実は趣味だったんじゃないのおなんて自分自身に気づきを得る。

そういえば赤いアイカラーを塗ったら「そういう奇抜なメイクは苦手」とわざわざ口に出して言われたのでよっぽどだったのだろうが「私は好き」とトンチンカンな返事をして両者とも黙り込んでしまったことがある。なんとなくそれ以来ブラウンのアイカラーとピーチピンクのチークしか使わなくなって、君はそれで良いって言う。たとえ私が涙袋にビビッドピンクのカラーを乗せたくても。緑色のまつげを着けたくても。だから君のいない日にそっと自分に変身する。人生にはこんな日がたくさんなきゃならないと思うんだ。それで君は明日、誰の人生を生きる?

顔も名前も知らない我が子へ

「もしものことがあったら脳でも心臓でも全部あげるから呼んでね!」

弟にはそう言ったけど、果たして彼の非常事態に誰が私を呼んでくれるか、その時私がどこに居るのか。具体性がなくって毎晩ちらっと不安が過る。何のために生きるのか、考えたことが幸いにも無い。彼がいる限り、彼のドナーとして生きようと思っている。彼ではなくても、有望なすべての人間の為ならば。だから極端に言えば私の精神や進路がグチャグチャでも身体さえ丈夫なら構わない。逆に、病気を患うともうダメだって思う。私の価値はゼロ。人生が波乱万丈ってご指摘はもはや今更って感じで、これについて反省とか今後の対策なんて練りません。これからも私は私なりの道を行くべく激流に従うのみです。

 

なんて言いつつちゃっかり種の保存の本能も抱きしめており、どうにも諦めがつかない。子供が"ほしい"わけじゃない。というかはっきり言っていらない。この先20年も他人(我が子であっても)に人生を拘束されたくない。あと性交渉もしたくない。痛いから。もういいでしょ。だから勢いでエッグドナーに登録しようとしたんだよね。世界中の、子供に恵まれない夫婦に私の卵子を提供するんだ。そしたらWin-Winでしょう。(何が?)世界各地で顔も名前も知らない我が子、すくすく育ってほしいな。そんないい加減な願いだよ。誰かを助けたいとか後ろめたい過去があるとかじゃなくて、私の本能だよ。しかし何しろエントリーシートの質問項目が多くて苦戦した。親の生年月日や学歴、病歴も事細かに質問されたときにこの欲望は活動を停止。書いちゃったって構わないけどそこは私のモラルが許さないそうです。思えば当然なんだよね、だって遺伝のことだもの。親の承諾がいらないわけないんだよね。自分のつらい学歴病歴提供されてまで、私のこの利己的な要求を通してくれるわけないんだよ。でね、仕方ないので途中で諦めちゃいました。実りのない話。

 

私が死んだら私の遺伝子どうなっちゃうの?どうもならないほうが世の為なんだけどね。もし名前も顔も知らない我が子が生きる理由に悩んでも全然かまわない。それって、自分にはきっと理由があるはずだって信じて疑ってないってことでしょう。とても健全なことだから。誰かの為に生き始めたら、そこで自分の人生は途切れてしまうんだよ。だから、かまわない。自分だけの理由を見つけて生きておくれ、架空の我が子。

私(たち)は空っぽでした

いつも何かについて話すこともなくただ外が明るくなるのを待ったね。悪い奴ではないと知ってもらうために、 出会ったらまず握手をするのだと言って私にも同様に握手を求めた。握手ごときでイメージが拭われるはずもなく、君は明らかに悪人に見えた。しかしそれは私にとってどうでもよいことだった。君の途方もない美しさがすべてを包み込む。そこには爆音もDJの寝言も七色のレーザービームもパーリーピーポーのざわめきもなかった。

私は問う。どこから?君は答える「月から。」と。

私たちは基本的にロマンチックな人種であるからしてお互いの素性 について探り合うことはしなかった。というか知っていた。 私はともかく君を覆うオーロラの膜は薄く脆いメッキであることを。私たちは知り合っていた。

いつも何かについて話すこともなくただ外が明るくなるのを待ったね。 聞かれずとも今日の人間への恨みつらみと自分のふがいなさについて、相槌を待つこともせずひとしきり喚き散らしたあと、返事も聞かずにめそめそと泣いた。それが終わったら背を向けて窓の方をじっと見ている。朝日が昇るまで。君は私の背中を眺めたり、 狂ったように動画サイトでダフト・パンクのMVをループ再生した 。朝日が昇るまで。

夜が明けるとまた正気になって君の部屋を去る。君はチル過ぎて起きられないとかわけの分からない文句をつけて今日も単位を落とす。日の光にやられてすっかりトチ狂った私の帰りを待ったね。夜まで。

チル過ぎる仲間とチルしていたらいつの間にか就活シーズン終わっちゃったんだってね。バカだね。私はちゃっかり立ち直って次のステージでまた藻掻いてるよ。バカだね。月に帰ったって噂も知ってるよ。

一度だけ「そいつを殴りに行ってやる。」って言ったね。私があんまり荒れるから。慌てて止めたけど、後悔してるよ。殴りに来てもらえば良かった。君はいつも大真面目だったから。

いつも何かについて話すこともなくただ外が明るくなるのを待ったね。初めから何も話すことがなかったから。

5年2組はこの柵です。人数分の鮎が泳いでいます。1人1匹ずつ。1人1匹ずつ捕まえて先生のところへ持ってきてください。

 

日に照らされて光る鮎の背中をぼんやり眺めていた。必死で逃げ惑うもむなしく鷲掴みにされ空に晒された人数分の鮎たちは、乱雑に塩をまぶされ生きたまま焼網に乗せられた。活き良く跳ねていた尾ビレもしだいに動かなくなり、瞳は白色に枯れていった。私の鮎もしかり。私のせいで世を去ることになった鮎の最後をじっと見届けた。痛かっただろうか。寂しかっただろうか。私を恨んだだろうか。

数年経って人に話してもそんなことあったっけなんて皆の返事はわりとのんびりしたものだった。目の前で死んでいく鮎になど目もくれずふざけ合うクラスメイトたちの、子供ならではの(たぶん)残酷性には同い年ながらぞっとしたものである。

死んだばかりの鮎の身は、みずみずしくふっくらとして美味しかった。

 

命を頂きながら私たちは生きているのですとそういうテンプレがあるかのように淡々と先生は語る。三角座りでひそひそ笑い合う生徒の耳にその言葉は届かない。さっきまで泳いでいた鮎たちは頭と尻尾と骨だけになって纏めてLサイズのポリ袋の中。だけれど気にしないのである、それが当然であるかのように誰もそんなことには関心を持たないのである。まるで空気や水が当たり前にそこにあるかのように鮎の命だって奪われて当然なのである。

 

焼網から私を見上げる鮎の大きな瞳を忘れられず眠れない日がたまにある。痛かっただろうか。寂しかっただろうか。もしくは今も私を恨んでいるだろうか。

サボテンは夢を見る

突っ立ってるだけで生きていけるなら私はサボテンになりたい。欲を言うと足の生えたサボテンになってたまには散歩をしたいのだよ。私は流れる景色が好き。例えばお気に入りの看板を見つけたとしても橋がカッコよくても、関係なく流れていくの。動き続けるから。一瞬の出会いと永遠のお別れ。二度と会えないが忘れない。そんなさりげない宝物を脳に抱えて死ぬまで生きるの。そしてそれを私以外の誰かが知ることはないだろう。うーん動ける植物ってなんてロマンチックなの、しかし目の前にあるサボテンは胴をずんと鉢の中にめり込ませている。彼らは不自由だろうか。敵なんていないのに一生懸命、今日もとげとげである。被害妄想の激しいやつだ。だけどそのとげとげが好きさ。まるで純潔さを具現化したようだ。オブジェ。そう私にとって君はオブジェ。それはさておき…

本を読むのが苦痛だ。もちろん知的好奇心旺盛だったなら没頭したのだろうが、あいにく無趣味無関心無色透明無味無臭である私には外へ出て風にさらされることでしか生を実感できない。本を読むのが苦痛だ。景色が変わらないから。私は同じ場所で同じことを何時間もやるってことに耐えられないんだ。心が腐ってもげるんだ。だけど彼は言いました「与えられた情報で、頭の中の景色が変わるのだ」

 

彼は若い頃毎日筋トレをやったらしいのでアンチ筋肉な私の身体事情を知らないのだ。知らないからそんなことを言える。同じ体勢で同じ本を読み続けることで削られる体力が気にかかり、景色なんて見えない。ここまでくるともう自分でも何を言っているのかわからない。

 

私たちがつまらぬちょっかいを出し合っている。今日もサボテンはズンと鉢に植わっている。私は歩く。景色が変わる。サボテンは歩かない。

サボテンは夢を見る。世界はサボテンの中にある。

私は歩く。風を受ける。日に晒される。

サボテンは夢を見る。世界はサボテンの中にある。

サボテンは歩く。風を受ける。日に晒される。

サボテンの夢の中で、サボテンは踊り続けた。

たこ焼きピック

面白いことなんか言おうと思ってない。私はいつも当然のように真面目だ。冗談もほとんど言わない。誤解が怖いから。つまらない話はしたくない。だから黙ってる。需要と供給がクロスするポイントに立っていたい。常に望まれただけ与えられれば。

高校二年の春、ベランダに身を乗り出したが「逃げるな」と親に引っ張られ部屋へ連れ戻された。あれが最初で最後だ。それから前向きに自決を検討する日々を送るが腹を括れず気が付けば10年。四捨五入をすれば30になる。今さら死んでも美しくもなんともない。

髪の毛を伸ばさない。襟足が首筋に触れて痒くなった頃、短く切り揃えに美容院へ行く。嫌だった。女に女と認識され密かに大きな敵意を向けられることが。男に女と意識され要らぬ壁が立ちはだかることが。男になりたいなんて言ってない。ただ女をやめたかった。私は男でも女でもない普通の人間として生きたかった。

かつて人を殺そうと考えた。アイスピックでめった刺しがお似合いだと思ったので家中を探した。見つかったのはたこ焼きピックだった。仕方がないのでこれでいこうと決めた。カバンの中に入れた。その夜、転職を勧められた。私は結局、誰の命も奪わなかった。

高校の三年間、続けて付き合った男の子がいた。別の学校へ通っていた。うちはルールが厳しいので、付き合ってわりとすぐに彼とのデートを禁じられた。門限も五時半だし、学校の帰りにこっそり会ったとて日も落ちないうちに家へ帰った。門限は一分でも遅れたらアウトで、泣いてお願いするまで家に入れてもらえなかった。私が泣いて許可を乞うている間に彼は余った時間を有効に活用し、他の女の子ともよく遊んだ。彼のことが原因で入院したことがあったが、逆に彼は「もう俺の心も身体もボロボロだ(お前のせいで)」と自分の身を案じていた。私は心底呆れたが、そういうところが逆によかったのかもしれない。私を心配し気遣う母なんかは、本当にボロボロに見えた。私のせいでずたずたになるくらいなら、自分のために傷ついてくれた方が、気持ちが楽だった。彼の思いやりのなさに惹かれて一年が過ぎた頃、両親から彼との交際か通学の二択を迫られた。今思えばあんな男の子は捨てて自分だけの青春を謳歌すればよかったのに、私は三時間も同じ体勢(なぜか土下座)で悩み続けた。三つ目の選択肢を提示されたとき、簡単に飛び付いた。それから二年間、テストの成績を上位20%以内に保ちながら週5のバイトで学費や食費、交際費を稼ぎ、自分の家事は自分でやった。不思議な光景だった。家族みんなが食卓を去り寝静まる頃、鍋やフライパンを借り、見るからに怪しい飯を作り、一人で食べた。自分で作った飯は、まことに少なくまずいものである。その条件を満たしてもなお堂々と会うことは許されなかったが、忍んで二ヶ月に一度は彼に会った。両親は私から通信機器や家の鍵を取り上げて、彼と引き離そうと躍起になったが、これがまた火に油を注ぐこととなり、高二の冬に私は家出した。一週間だったが珍しい日々だった。五時半以降の景色を知った。夜に食べる吉野家の牛丼はおいしい。しかし最終日に彼は泣いて「このままじゃ俺が誘拐犯にされちゃうよ」と訴えた。呆れて、家へ帰った。大学は指定校推薦でと考えていた。急に伸びた後半二年の成績のおかげでなんとかうまくいきそうだった。話は進んだ。両親も、学費は負担するので出世払いで返してくれるようと言って後押ししてくれた。その話をしたくて彼に会ったらばったり母親に遭遇した。帰ったら口も聞いてくれなかった。それですっかり両親の機嫌を損ねて進学の話がパアになったのだ。変な話だ。行きたきゃ自分の金で行きなよと突っぱねられたが残高は329円、入学すらできぬ。叔母や祖父母に詰め寄られたが本当の話をできなかった。だってこんなにばかばかしいし。当の彼は他の女と子供を作ってさっさと結婚してしまった。

私は無事就職して、人を殺そうと考えた。それ以外、選択肢が無かった。

アイスクリン

それは屋外の、夏にだけ開放される安っちいプールで、赤ちゃんから大人まで地元の人間はみんな通っていた。たしか私が小学一年生か二年生で、弟が幼稚園生の頃、その夏の日も父に連れられ、やはりプールに入っていた。

プールには二種類あった。浅いプールと深いプール。弟はまだ小さいので浅いプール、私と父は深いプール。2つのプールはフェンスで仕切られていて、向こう側を覗くことができる。一人で大丈夫だろうか。弟を見る。たまにひっくり返ったり、人とぶつかったりしながらもニコニコしている。大丈夫か。

「おい、ちゃんと見ててくれよ。」パパは言ってプールに潜ったきりしばらく出てこなかった。言われなくてもちゃんと見てるよ。私はフェンスをつかんで、また弟のプールの方へ向き直った。

「おいおい、ちゃんと見てたか?」「見てたよ。」「見てたか?俺の泳ぎ。50メートル潜水。」パパは息が切れ切れで、かわいそうだった。

 

プールを出たとこに、たまにアイスクリンを売るおじちゃんが来てた。よくねだったものだ。買ってもらえたのは五分五分だったけど。アイスクリームでもソフトクリームでもないアイスクリンは、シャリシャリで黄色い。硬いコーンにちょんと添えられたアイスクリン、舐めたらすてきなバニラの味が広がるのだった。すてきなバニラの味っていうと分かりづらい。分かりづらいが、一生懸命想像してほしい。

 

たまにあの日のことを思い出して、話の終わりに「パパもう一回だけ見せて。」と付け足してみる。たしかあの日もそう言ったが、すねてしまったようで、疲れたし、もうやらないと、クロールとか、他の泳ぎにシフトしてしまったんだった。

話の終わりに「パパもう一回だけ見せて。」と付け足してみる。仕方ないなともう一度潜って得意気にすいすい泳ぐパパを想像する。そしたら「見てたか?」と聞かれるより先にすごいとか、どうやってやるのとか、かんぺき!と驚いてあげたのに。

なのにあの日、私は弟を見て安心していたよ。それでよかったような気がする。